2008年09月25日

激闘 vs. Chronopost 最終章

副題: EMSフランスに無事に着く日 (ホントかよっ)

えっと、今更ネタだけど…(苦笑)

この前辞めた店、その前働いていた店と都合3年間某海外オークションサイト(仮に飯兵衛と言っておく…苦笑)で商品を販売していた。売ったからには発送しなければならないわけだが、郵便というのは国内でもトラブルが起きるもの。ましてや海外宛てだとトラブルの頻度も重大さも想像を超える。

中でもフランス宛ての荷物と言うのは鬼門中の鬼門。フランス宛ての荷物を発送する時には、真剣に八百万の神々に祈りを捧げていたものだ。

フランスの場合、郵政公社所謂La Posteの職員の質が悪く、通常郵便物の亡失の度合いはひどいものだ。しかし、無追跡・無保証で発送する場合、ある程度のリスクは仕方ない。

問題なのは、追跡・補償有りのEMSですら届かないことがあることだった。(一応過去形にしておく) 問題が起きる主因は、La Posteの子会社であるChronopostがフランス国内でのEMSの配達を請け負っているところだ。

以前書いたこともあるが、配達しても先方が不在だった場合、不在配達通知も残さず回れ右。その後、何のアクションも起こさず、期日が来たら発送元に返送。僕が扱ったやつだと、たまたま僕がネットで荷物を追跡したところ、「届けようとした。発送元に返送中」と記録にあったので、先方に慌てて連絡。先方もびっくりしてChronopostに電話すると、その対応が実に呆れるものだった。当初の宛先住所だとまた不在になる可能性があるから、確実に受け取れる住所に変更しようとしたら、それは出来ないと言われたそうだs。トラッキングナンバーも発送元即ちこちらの住所も本来の宛先住所も電話口で伝えたというのに、だ。これだけ揃えば本人確認は問題なかろう。確かに荷物に先方の電話番号こそ無かったが、こちらの電話番号は入れている訳だから、解らなかったらこちらに電話で確認すればよろしい。英語力にChronopostが自信無いのなら(実はウチ宛てだったらフランス語でも大丈夫だったわけだが)、日本郵便経由で確認を取ればいい。しかし結局、荷物はこちらに返送されてしまった。

ウチ担当の日本郵便の営業くんに連絡して、荷物をインターセプトしてもらうことにして、日本郵便から確実に先方が受け取れる住所に再送してもらった。この送料は日本郵便持ちだった。こちらとしては、送料を再び負担せずにすんで助かったわけだ。

この一件がとうとう日本郵便の堪忍袋の緒を切ってしまった。フランス宛てのEMSの苦情は本当に多く日本郵便もずっと苦り切っていたのだが、この一件では日本郵便はミスもしてないのに送料を負担させられてしまい、営業担当者から大阪国際の国際郵便担当者から下げたくもない頭を下げて謝らないといけなくなるに至っては、流石の事なかれ日本郵便も我慢の限界が来てしまったらしい。当時は民営化直前でまだ日本郵政公社だったが、それでも損失を簡単に出していいわけがない。日本郵便が珍しく激怒してChronopostに抗議したそうだ。

トラブルが続いてEMSの配達を外された前例は結構ある。ドイツでは以前担当していた民間の宅配業者が郵便事故を多発し、現在はDeutsche Post(ドイツ郵便)の子会社であるDHLが担当している。(だったら、ドイツ宛てEMSは日本国内からDHLが運送してくれればいいのに) イタリアでも同様に、他の民間業者(SDAだったっけな)が指定業者を外されて、今ではPoste Italiane(イタリア郵政公社)が通常郵便以外にEMSの配達もするようになっている。

Chronopostも世界中から猛クレームが来て、流石にEMSの取り扱いが取り上げられかねないと危機感を持ったようだった。Chronopostによる配達の欠陥は職員の質の悪さ以外にもあって、それはドアコード(Digi Code, Code Porte等色々呼び方はあるようだ。フランス人の客から帰って来るメールの中では、Digi CodeもCode PorteもDoor Codeも使われていた)の情報の欠如だ。

僕はフランスに住んだことは無いので、あくまでも日本郵便の担当者やフランス人の友人などからの受け売りだが、フランスの就航住宅では所謂オートロックの向こうに郵便受けがあるので、その番号を知らないと郵便物の配達が出来ないどころか、不在通知も残せないというわけだ。このドアコードの情報を宅配業者にも関わらずChronopostは持っていなかったというのだ。La Posteもその情報をChronopostにシェアしていなかったということだ。呆呆呆

日本郵便を始め世界各国のカウンターパートナーから洒落にならない猛抗議を受けて、Chronopostも猛烈な勢いでドアコードの解析に臨み、聞くところによると現在ではほぼ終了したということだ。(しかし、こんないい加減な所に鍵を渡すも同然の大事な情報を預けて大丈夫なのだろうか…)

どれくらいフランス宛てEMSにまつわるクレームが来ていたかというと、日本郵便の海外郵便のサイトにフランス宛てEMS専用ヘルプデスクのページが出来ていた位だ。日本郵便の内部では、フランス宛て郵便物の場合「航空便国際小包」を案内するようにとの通達も出ていたそうだ。ただ、これだとEMSと比べてもずっと高額になってしまうので、日常の発送には使えない。

Chronopostのドアコードの解析が終了するまでの措置として、EMSの場合、先方から必ずドアコードの有無を必ず確認して、ドアコードがある場合は宛先住所ラベルに必ず記載しておくようにとのことだった。ところがこれが内部で奇妙な伝わり方をしたと見え、とある日本郵便支店管内では、「Digi Codeの記入が無いと、海外発送の前にストップがかかってしまい国外に荷物が出ないので、Digi Codeが無い時はダミーの適当な数字を記入しておくように」との意味不明・本末転倒な指導がなされていたそうだ。(僕が辞めた店の前の店、即ち転調の店のことだけど…苦笑)

しかし、上で言っているように、Digi Codeというのは鍵も同然。これを公の目に触れる郵便物の住所ラベルに書いておいていいのか、というセキュリティ上の問題がある。ドアコードを知らせるのを嫌う客だっている。そこで、ドアコードが記入されていなくても電話番号が記入されていたらOKということになった。Chronopostの方でも電話確認の励行を約束したらしい。(カナダやイタリアでは当たり前なんだが。カナダとイタリアではEMSの配達の際、関税をかける都合もあって、必ず電話をすることになっているそうだ) また、内々の情報ではあるが、悪質な職員の追放にも手を付けたらしい。

かくして、EMSを巡るChronopostとの激しい闘いは終結した(ことにしておこう)。これ以降、確かにトラブルはあまり聞かなくなった。荷物もかなり速く届くようになった。流石のChronopostも改心したのだろうか。海外オークションの仕事から離れた今となっては、どうでもいいことだけど(苦笑)

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2007年03月17日

Spudsの思い出…

Spudsお品書き昨日(3/16)、Spudsのマスターからメールが来た。「明日のライブで閉店します」…。本当にショックだった。17日は色々やることはあったのだが、手に付かなかった。

何となくだが、お店に対する情熱が下がり気味だなというのは感じていた。僕は直接は与り知らないが人間関係も色々あったようだったし、また肉体面というか健康面のこともあるようだったから。しんどいのだろう、マスターがカウンターに出ない日も増えていた。奥さんも体調崩されていたようだった。それに小学生の娘さんのこともあるだろう。もっと自分の音楽をしたいということもあっただろう。色々理由は想像つくし、また店を閉める本人達が一番辛いのだと解っていても、それでもどうしても「勿体ないよ、もうちょっと頑張れない?」と思ってしまうし、言いそうになってしまう。本人達の決断は尊重しないといけないし、他人がどうこう言ってはいけないことなのだけど…。

僕が通ったのは2年半程だけだったが、その間に居場所というか生活の一部「居間」になっていた。日曜以外で日付が変わる前だったら、ここにさえ来ればお酒が飲める、食事が出来る、お喋りが出来る、そんな場所だった。

最初この店に来たのは2年半程前の台風の日だった。前から帰宅途中気になっていたのだが、ついついスルーしていた。台風で食事が出来る店がどこも開いておらず、この際ということで入ったのがきっかけだった。(その時にカープの話題で盛り上がり、来ていたタイガースファンのお姉さんの「早く定位置返してよ♪」発言に皆して血の涙を流したのだった…笑)それから土曜はミュージックフィー無しでライブをしていることを知り、こりゃいいやと通うようになった。僕自身はまともに音楽教育を受けたことがない、楽器も弾けない、歌えば音痴という野蛮人だが、野蛮人は野蛮人なりに音楽は好きなので、楽しい音楽を聴ける場所というのは得難いものだ。

ここでは色んなライブがあり、色んな人達と知り合えた。アイリッシュバーなのに、三味線や尺八のライブもあれば、アコーディオンのライブ、マリンバのライブ、サンポーニャ&ケルティックハープのフォルクローレのライブ、カントリーダンス、etc. お医者さんがいたり、広大原医研の専門分野では世界的な権威がいたり、中国語の先生がいたり、それはもう様々だった。

この店は白島にあったので、僕からすると市内から帰る途中で利用しやすかった。本当にとても丁度良い場所で、アルタクス(爆)だと僕が住んでいる長束から15分程。徒歩でも20分〜30分で行ける場所だ。わざわざというのではなく、普段何かの折に寄ることが出来た。

最後のライブも本当はきちんと花束を持って行こうと思っていたのだが、アルタクス(爆)での長距離移動だし、持ち歩くことが出来ないので予め買っておくことが出来なかった。Spudsに向かう途中で花屋を探したのだけど、もう21:00を過ぎているので開いている店がない。仕方なく流川まで行き(流川だったら絶対花屋は開いているから)、ブーケを購入。花も流川価格なので予算的に花束はちょっと…になってしまった。申し訳なかったな。

Last Liveなんとかラスト前には間に合った。マスターの古くからの友人のFくんがカウンターに入って、マスター夫妻がゲストアーティストさんと一緒に演奏していた。みかっちょさんの味のある演奏はなかなかのものだった。それに、マスターの奥さん、随分フルート上手になったね(^_-)-☆ 喋れるようにもなったし(笑) でも、もっともっと前に出てもいいと思うよ。

こんな感じのライブだった↓

アンコールまで終わって、拍手の内に終了。その後も楽器が出来る人達があれこれセッションしていた。楽器が弾ける人は羨ましいな…。実は僕が歌にしても楽器にしても自分でやらないのは、とある小学校の時のトラウマがあるからなのだけど…(苦笑) その時の結論。ちゃんと音楽教育を受けていない人間、不器用な人間、リズム感・音感の無い人間は音楽をしてはいけない、ということだ。努力しようにも努力の仕方が解らないのだから、うっかり手を出して他人に迷惑をかける位なら、端から手を出さないに限る。

最後のシェパーズパイこの日頼んだのは、ギネス1パイントとシェパーズパイ、それからソーセージの盛り合わせとジェムソンのロック。最後なのでジェムソンも12年を頼む。今までは普通のジェムソンばかりで、この12年ものを頼んだこと無かったんだよなぁ。一度だけ頼んだイニショーウェン、もう飲めないかもな…。裏メニューのピザも食べたかったんだけど…。

演奏が終わった後は、Fくんのギネスでフィニッシュもちょっとアレなので、マスター夫妻にギネスを入れてくれるよう頼む。ウィスキーに移った後なので、1/2パイントだけ。次の朝がアラブ料理講習会なので控えないといけないのが哀しかった。次さえなければ酔い潰れてもよかったんだが。(因みに僕はきちんとリミッターを守るので、余程でないと潰れないし、帰れなくなるまでにはならない。今までのところではお酒を飲んで他人に絡んだことも無いはず)最後は、キルベガンをと思ったが無いようなので、奥さんの薦めでミラーズを頼むことにする。これをショットでチェイサーにミルクという僕の大好きな飲み方で(笑) いや、ミルクをチェイサーにウィスキーをショットで飲むのって本当に良いんだってば。試さずにゲテモノ扱いするヤツは死んじまえっ! 翌日に残らないし、変なつまみがいらなくなるし、舌や咽喉、胃袋が焼けるような感触から解放されるから。

最後なので、マスター夫妻のお薦めCDも購入する。僕はアイリッシュミュージックには全く詳しくないのだけれど、鄙びたトラッドな音を聴きながら湯船に浸かっていると疲れが取れていく感じがする。CDを買ったら、ティン・ホイッスルが付いてきた(笑) どっかで教本見てやってみるかな。リズム感が決定的に無いから、他人に聞かせることはないだろうけれど。

この店で知り合った人達にも挨拶して回る。何時でもここに来れば会えると思っていたから、特に連絡先も聞いていなかったし…。楽器を演奏する人も多いので、ライブをする時には連絡をくれるよう頼んで回る。ここで話していて楽しければ良いと思っていたので、特には皆が何の職業についているのかとか、普段何をしているのか、何処に住んでいるのかとかのプライベートな事について、僕から尋ねることはなかった。(ただ人が話しているのを聞いていて、或いは話している最中に話題が出て来て、それで知っているということはある。何しろ地獄耳の上に一度聞いたことを忘れづらいもんで…苦笑)

何時まででもいたかったが、そういう訳にもいかず、午前2時になったところで帰ることに。僕は、飲む食うだけで通っていたわけでもない。店の雰囲気、店の人達が気に入らなければ、通ったりなんかしない。縁があって折角知り合ったわけだから、向こうがイヤだと言おうとも、僕はこれからも強引に友人扱いするし(笑)とりあえず4月には一緒にピッツァ食おうということにした。絶対だぞ、約束だぞ、ウソ付いたらハリセンボン飲むんだぞっ(笑) これからも付き合いを続けるんだぞ。

しかし、当分土曜の夜は時間を持て余しそうだ…。

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2005年09月12日

う〜ん…

選挙の結果が出た。まぁ予想通り…。

投票所では、今まで投票に来たことがないのであろう人達の微笑ましい行動が…。

(選挙区の投票終えた後)
ねぇねぇこのハガキどうするん?
旦那そりゃー、持って帰るんよ。

(同じ夫婦がブースで)
これ字間違ったらいけんのんよね。
旦那そりゃそうよ。絶対間違っちゃいけんにきまっとる。あんた、漢字よう間違うけぇ気ぃつけんさい。

(他の夫婦が投票するときに)
皆、折って箱に入れよるけど、この紙折ってええんかいね。
旦那大事な紙じゃけぇ、汚さん方がえかろうで。

(おばちゃん2人が)
おばA箱が色々あるけど、どれに入れてもええんよね。
おばB間違って入れても、後で開けた時にええ具合にしてくれてよね。

(最高裁裁判官国民審査で)
おばA名前も何やっとっての人かもわからんけぇ、全部○つけといた。

…etc. その都度、親切に優しく案内していた投票所の方々、お疲れ様でした。でも、この人達は投票に来たんだからおっけぇ。

実はもう少し投票率は上がるかと思っていたのだが…。ここまでやっても、まだ無関心層が多いんだな…。自分達のことじゃないか。今回からは不在者投票ではなく期日前投票になったから都合の良い日に投票しておけるんだから…。

広島の各選挙区の当選者見てると、中高の先輩にあたる人が2人…。あんまり野心家って出ない学校なんだけどな(苦笑)

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2005年08月23日

裏を取ってからニュースにしてくれっ

このところのニュースなんだかななものばかり。堀江出馬、ピアノマン、ジンバブエでライオンに襲われた件、そして駒大苫小牧…。声を大にして言いたい。裏を取ってからニュースにしてくれっ! と。

ピアノマンなんか、本当に今まで真実がわからなかったのか? センセーショナルなままにしておきたかったから、ほっといて身元の追求をサボってたんじゃないか?

ジンバブエのライオンの件についてもだ。まず放し飼いのサファリパークにガイドが付いているとはいえ、徒歩で入っては食い殺されても仕方ないだろう。ライオンに襲われた時にガイドに何が出来る? (そういや、何年か前、どっかのサファリパークで、家族が2台の車に分乗していて、子供がグズるから親のいる車両に虎のいるゾーンで乗り換えようとして、虎に襲われて死亡したなんて事件もあったな。これなんか、虎やサファリパークが悪かったのかな? )

駒大苫小牧にしてもだ。スリッパではたくのも×なのかな。まず高野連もマスコミも殴られたと言っている生徒の普段の素行だろう。一生懸命部活をし、真面目に学生生活を送っているのに、イライラしてとか、気に入らないとかで件の部長が殴ったのか? (それにしても他の生徒には関係無い話だ)あるいは、日頃から手を焼いていて、一発食らうまで素行が改まらない生徒だったのか? ここをハッキリさせないと事情が全く違ってくるだろう。タチの悪い子だったら、もう止めるものが無いのだから、やりたい放題になるだろう。

高野連も、生徒の性格が分からないまま、一律に判断を下しては後の教育に禍根を残すだろう。そもそも連帯責任って考えがオカシイ。高校生にそこまでの完璧な人格性を求めるのか? 自分のことで一生懸命な中、他人のことまで責任を負わせるのか? 管理不行き届きにつき連帯責任というのなら、配下の各高校野球部に体罰絶対禁止を徹底出来なかった高野連は管理責任を取らなくていいのか? 上位機関としての責任は?

こういった事情をキチンとしてほしいと思う。噂の垂れ流しはニュースとは言わんっ!

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2005年08月07日

8月6日に思う…

今年も8月6日が来た。僕も被爆2世なので、8:15には黙祷をする。親父も大好きだったおばあちゃんもほとんどの親戚も被爆者だったので、死んだ後に慰霊碑の中の名簿に名前が記帳される。僕にとっては大事な場所の一つだ。最近、この慰霊碑を壊したバカがいたが、とてもショックだった。これは僕にとっては、おばあちゃんの墓を壊されたようなものだから。壊したヤツは碑文の中の「過ちは繰り返しませんから」が気に入らなかったらしい。確かに昔から問題になっていて、実際僕等が外国人に対して通訳・説明する時に困る文言ではある。主語をどう置いてよいかハッキリしないからだ。慰霊碑を壊した男の言い分は、日本が過ちを犯したようで気に入らなかったと言っている。確かに原爆を落としたのは日本ではない。しかし、日本は全く過ちを犯していなかったのか?

TBS系列でも被爆60周年特別番組を筑紫哲也をパーソナリティにやっていた。原爆投下は止められたかも、というのが一つのテーマだった。この番組の中でナチスドイツの核兵器開発についてしか触れてなかったが、確か日本も理研かどっかを中心に原子力の兵器への応用を研究してたんじゃなかったっけ? 完全に手が白いわけではない。ただし、だからといって原爆投下は正当化されはしないが。国の指導者達の責任を名も無き一般の生活を送る人達に転嫁することになるからだ。

実は僕は被爆者2世であるにもかかわらず、というよりも寧ろ2世であるからこそ所謂被爆者団体というものが大キライだ。広島でこんなことを言うと大変だが、それでも敢えて言う。大キライだ。まず、世界平和を唱えるのなら、自分達が一つになれ! 被爆者団体・反核団体・反戦団体などが、まるで現在のプロレス団体のように多すぎる。運動に政治的イデオロギーを持ち込み、政治主張が異なると喧嘩して四分五裂していって。この段階で世界平和を訴えられるのか? まず隗より始めよ。自分達が和解して、その上で自分達の運動を発展させていけよ、と思う。

次に、あたかも反対のための反対、抗議のための抗議に映るところだ。例えば、大正屋呉服店跡、現在のレストハウスにしたってそうだ。僕が就学する前から廃墟となっていて、交番なり休憩所なりに活用したら、と言われていたのに、ずっと放置されていた。放置されている間は、各団体も何も言わなかった、少なくとも一般市民レベルの目に映る限りでは、何も言っていなかった。それが取り壊すということになると、猛然と抗議活動を開始した。放置されてる間は何も言わないでおいて、壊すというと文句を言うのか? 僕自身は取り壊しには反対だったので、正直レストハウスとして残ってくれて、ホっとしている。しかし、何故もっともっと前に各団体が活用策をキチンと提言してこなかったのか、それが納得いかないのだ。このような例は沢山ある。何かすると言えば反対、じゃあやめますと言えばまた反対。どうすればいいのかと市民の目から見て思うこともしばしばだ。

更に、肝心の被爆体験の継承ということでも納得いかないことがある。例えば、原爆について遠いところにいる人達が原爆投下に関する演劇や映画を製作した時、被爆者団体の指導者達は何と言ってきたか。「体験したこともないヤツが何を言っているのか」体験したものしかわからないのなら、後世に語り継ぐ意義がない。そんなことを心中に持って被爆体験の継承とお題目のように唱えていたのかと思ったら、がっくりきた。

そうして被爆者援護にしても、原理原則に拘り、しつこく謝罪のみを要求し、自分達の中で意見がわかれて運動が分裂していき、補償は2の次にされ…。結果、2世への補償は見送られた。政治イデオロギーの闘士達にはそれでもいいのかもしれないが、名も無き被爆者からすると謝ってもらわなくてもいいから、ちゃんと補償してくれという人も多かった。被爆者団体が必ずしもサイレント・マジョリティの代表ではない。そう思える。

父と祖母は西観音町、かなり爆心に近いところで被爆している。生前聞いた話では倒壊した家の下敷きになったりもしたという。思わず泣いた父を祖母が泣くなと叱責し、とにかく西へ向かい山の方へ逃げていき、田方に霊泉寺という湧き水で有名なお寺があるが、そこを経由して沼田に出て、そこから安の親戚のところに逃げたという。(広島の人でないと位置関係分からないな…苦笑)原爆投下の直接の被害から助かっても、それで終わりではなかった。まず広範囲に降った所謂黒い雨。そして被爆者に限らず、全ての戦災被害者を襲った枕崎台風…。この被害も猛烈だったらしく、折角事前に疎開させていたなけなしの財産なども、台風による大水で全て流されたそうだ。戦前まではキチンとした家系図も槍も鎧もあったそうだが皆焼けるか流されるかしてしまった。

核兵器が通常兵器と比べて何が一番問題なのか。決定的に違う点は放射線による生物の遺伝子レベルでの損傷だと思う。被害が1個体で終わらず、いまだ検証されてはおらぬものの、場合によっては数世代に渡って影響がありうる、という点だろう。つまり突き詰めるところ使用相手を全て根こそぎ滅ぼす虐殺兵器であり、宥和や和平を真っ向から否定する使用意図を持つ兵器なのだ。憎い相手はいるだろう。しかし、その子供まで憎いか? 孫は憎いのか? いずれ生まれるであろうその子は? 更にその子は? 永久に手を繋ぐことを拒否したいのか? ここが一番の問題ではないだろうか。1個体への被害の大きさを言い立てても、なかなか憎しみ合う国家・民族間の核均衡はなくならないと思う。

かなりキツイことも書いたと思う。広島では直接の被爆者でない人間が少し被爆者団体の主張と違うことを言うと、被爆者の心を傷つけたと言われることがある。しかし納得のいかない点についてはキチンと説明してほしいし、そのことは堂々と主張したい。そして、まず自分達が運動を一つにまとめてもらいたいと心から思う。

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2005年08月02日

ドラゴン桜がドラマ化されてるみたいだが…

受験をテーマにした漫画「ドラゴン桜」がとうとうドラマ化されたみたいだ。漫画はよく見るが、ドラマはそもそもあまり好きではないので、多分テレビで見ることはないだろう。

しかし、漫画を読みながら、懐かしいと同時に思ったことは、「何を今更? 」ってなことだ。僕も僕の周囲の人間も、あの程度のことは人から習わなくても自分でやり方を見つけていた。なんか受験生がこの漫画を受験テクニックを得る為に読んでるみたいなんだが、これはそんなチャチな受験テクニックではなく、学習のやり方そのものを得る為に読んで欲しいと思う。大体、マトモな大学の入試であれば、その場限りのチャチなテクニックでどうなるものでもなく、普段いかに学習したかが問われるものだ。その学習の仕方を身に付けて欲しい。

僕等が昔言っていたのだが、頭が悪いからガリ勉しなきゃならない。真面目に一生懸命分厚い問題集を解いてる子がキチンと学力が伸びてるか、といえばそうでもない。寧ろ横着な子の方がよく伸びる。真面目な子は深く考えて学習する代わりに、問題集を沢山解くことで安心しがちだが、これは学習ということでいえば、逆に怠惰といえる。

数学を例に採ろう。横着な子というのは、一つの問題を解くにも、もっと楽な解法はないかと考える。楽な解法を探しているうちに、その問題に対する深い理解が生まれるし、また実際の試験の時にも、力押しの解法を使う他の子より、早く問題を片付けることが出来る。

所謂真面目な子というのは変に潔癖性であることも多い。進学校などでは、数学でも教科書の範囲外のことも教えるし、そういった教科書の範囲外のことを使えば、楽に解けることが多い。それをずるいと感じる子がいるようだ。中学の時苦労した幾何学のユークリッド的証明も、高校で習うベクトルを使えばあっという間だ。大学受験レベルでいえば、空間に関する問題であれば、空間ベクトルの外積に関する知識があれば楽だ。オイラーの公式を覚えていれば、三角関数の諸公式を覚える必要はないし、複素数の問題を解くのも簡単だ。ロピタルの定理を知っていれば、極限値を求めるのなんてすぐだ。(僕が微分方程式を解くのにラプラス変換を使っていたのは、やりすぎだったかもしれないが…汗)しかし、これをずるいと感じてしまい頑なに教科書の範囲内の解法で苦労しながら力押しで解いている。ただ大学というのは誰が受験してもよいわけだ。数学の権威の先生が経済学を勉強したくて大学を受験することだってある。その時に、問題を自分が知っている高度な解法で解くのはいけないことだろうか。この辺りの学習する為の理論武装が出来ていないと、いつまでも力押しで苦労することになる。

何も考えずに素振りだけしていてもホームランは打てない。何も考えずにトラックを走っているだけでは速く走れない。理論に則って、フォームを整え、考えながらやらないと効果は上がらない。勉強も同じだ。ボーっと問題集を解いてるだけでは力はつかない。目的と手段は履き違えてはいけない。

ドラゴン桜で受験生が学んでほしいのは、学問は何故から始まるというところだ。勉強しなければならないのは学生の間だけではない。ほとんどの社会人が最低数年に1回は何らかの試験を受けていると思う。勉強とも試験とも一生離れられない。だから、何故そうなるのか、そうするためにはどうすればいいのか、こういった思考法、正しい学習法を身に付ければ、一生の財産となるだろう。受験生達、要領良く頑張ってくれ!

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2005年03月21日

再び植物公園へ

3月19日の午後、五日市でのPC教室の後、近所の植物公園へ癒しを求めて行ってみた。PC教室から約1.3kmだが、山を登らないといけなくて、坂道は結構キツい。元登山部でよかった(笑) 徒歩で15分かからなかったし。

植物公園のエントランス昨年行った時は、天気がどんよりしていたし、花も季節の境目といくことで、全般的に暗い感じだった。今回は天気が良く、なんだか明るい感じ。人も割と多く、なんだか活気がある。カスケードを登って、まずはベゴニア温室へ。緑の匂いがムっと立ち込めている。温室なだけに何だか暖かい。ただ時期的なものもあって、少し萎れ気味。普通、ベゴニアは香りが無いのだが、とても良い香りがする品種もあって、それがこのベゴニア温室の楽しみの一つ…が、今回は花を付けてなくて、残念。なんかの花

大温室へ行ってみると、もう蘭の展示は終わっていた。蘭が時期の間に来たかったんだけどなぁ…。大輪の胡蝶蘭って綺麗だからなぁ…。大温室に入って正面に前回はイランイランがあったけど、今は時期的なものもあるのだろう、置いてなかった。温室の後ろの方にあった夜來香も置いてなかったし。その代わりに様々な花(名前は僕はわからない…苦笑)が咲いていた。胡蝶蘭僕が好きな胡蝶蘭も何とか一鉢あって安心椰子にも実がなっ恐竜のトピアリーていたり、ゴジラ?か恐竜か?のトピアリーもあり楽しい♪

隣のスイレンの温室に入ると、ここは花が何も無い。オオオニバスも今は種から育てている途中なので、直径が45cmくらいしかなく、ただのハス(笑)

フクシアの温室に入ると、ここは冷んやりしている。夏は冷房ガンガンかけているところだから。冷静に考えると、温室ってのは正確じゃないな(苦笑) 頭の上から沢山のフクシアが垂れ下がり、少し歩くと頭をさわさわかすめ、何だか花にからかわれているよう(笑) フクシア1フクシア2ここの温室には野生種を中心に蘭も展示されている。カトレアもあったが、思わずオボランティアガイドの人に、「カトレアって人名から来てるんですよねー。確か、サー・カトリーとかいう人がイギリスに持ち込んで、名前が付いたんですよ」などと、豆知識を披露してしまった。
大人気ないな、オレ(苦笑)カトレア

ペラルゴニウム隣の企画展はゼラニウム。ゼラニウムは正式にはペラルゴニウムというのだそうだ。ここにも原種をはじめ、色とりどりのゼラニウムが咲いていた。

サボテン1更に隣のサボテン温室に移る。幾つかのサボテンには花も咲いていて、なんだか良いもの見たって感じ♪

サボテン2僕の大好きな(笑)メスカルの原料、竜舌蘭もあった。メスカルの1銘柄がテキーラだ。丁度、ウィスキーの銘柄の一つがスコッチなように。リュウゼツランサボテンってのは怖く見えて、実はとても優しい感じなので、このサボテン温室は僕の好きなスポットの一つだ。

サボテンの王様
枝垂れ桃

それから外に出て、あちこち樹木などを見て回る。当然のことながら、バラ園は何もない(笑) アジサイ園も同様。ツバキも「木」だけだったが、1本だけ寒椿が咲いていて、ホっとした。ただ、もう萎れかけていたけど。1本可愛い花をつけている木があったが、これは枝垂れ桃かな、それとも梅かな?植物全般苦手なんで、よくわからない。植物の名前とか、見分けってのが僕の知識における弱点の一つだ。

山道を登ったり下ったりを繰り返し、展望台へ。しかし、僕も大概タフ(苦笑) 自転車の乗り過ぎで脚が痛いと言ってる割に数時間も山道を歩き回ってるんだから(更に苦笑) 展望台へ上がって見回すが、靄と砂で霞んでいる。厳島も似島もよく見えない。海がかろうじて見えるといった感じ。あぁ、近い内に宮島にも行かなきゃ。ちょっとだけ厳島

もう少しいたかったけど、16:30閉園。早いよっ!残念だけど、ここまで。そして徒歩で下まで下りる。¥500でこれだけ楽しめれば、おっけぇ。今度は花が多い時に来たいな♪

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2005年01月25日

おめでとう♪

2005年1月23日に、僕の大事な友人であるイタリア料理講師さんの披露宴が行われた♪僕より少し年上だけど、あちこと一緒に食べ飲み歩いたり、昔のアニメの話をしたり(周囲には時々、意味不明らしい…苦笑)する友人だ。料理人としての彼はとても几帳面で、もともとフランス料理畑の出身なだけに、イタリア料理ではあるが繊細で表現豊かな料理を作る。O型には全く見えない(笑) 最近、イタリア料理の中でも大雑把系の料理に興味を示しているが、僕としては今のままのデリケートで細かい「Nuova Cucina Italiana」を極めてほしいと思う。因みにフランス料理は大阪の辻調で学んだらしく、かの髭の林氏(この人も結婚が決まったし…笑)の弟子だったそうだ。Acqua Pazzaの日高氏とは兄弟弟子に当たるそうだ。

この人とはイタリア語クラスで知り合ったので、もう3年になる。あちこち食べ歩いたり、飲み歩いたり♪一緒にイタリア人神父様とワインを飲みに行ったら、神父様が十二指腸潰瘍で突然ぶっ倒れて、救急車を呼び、一緒に市民病院へ行き、二人で途方にくれたことも(苦笑) あの時は神父様を本当に見捨てて帰ろうかと思ったが(更に苦笑)

また彼も田中芳樹の某Heldensagen vom Kosmosinselのファンで、二人で会話しているとそこからの引用が頻繁に入るので、知らない人には謎に見えるらしい(笑) 彼の事を僕は名前を取って「カズ・ザ・マジシャン」と呼んでいる(爆) だから僕の携帯で彼の名前を変換すると「魔術師殿」と表示される。なので奥さんは「フレデリカ」と変換されるのだが、周囲には分かる人はいない(苦笑) 因みに僕は芸術家提督殿とか金銀妖瞳の男(いやあんなイイ男ではないが、一応金銀妖瞳には間違いないので、ある意味…苦笑)などとメールで呼ばれたり…(更に苦笑)

昨年の春、今の奥さんと出会う直前の頃などは、岩国で管理している持ちビルでトラブルが頻発したりして、色々ついてないことも重なり、随分ボヤきが多く、疲れが目立っていた。それが奥さんと出会って、随分ハジけて、あれこれ以前にもまして積極的になってきた。やはり恋の力は偉大だ(笑)

奥さんがとても陽気で明るい人だってのもあるんだろうな。お笑い好きでいつも冗談を飛ばしまくって、でも何事にも気が利き、人にキチンと気を遣える素晴らしい女性だから。本当にお似合いだと思う。

二人は2004年の12月の頭にイタリアはフィレンツェのヴェッキオ宮殿でイタリアの国内法に則って挙式している。僕も誘われたのだが、流石にイタリアまで一緒に行くのはチョイとムリだった(苦笑) このイタリアでの式の情景もDVDにしてあって、披露宴でも紹介していた♪

披露宴は広島市内のリーガロイヤルホテルで行われた。僕も含めイタリア語仲間以外にも、花婿の顔の広さもあって様々な人が出席していた。こういうところから新たな縁が始まるのだろう。

披露宴の料理の中ではメインのローストビーフがスゴかった!お肉屋さんをしている花嫁さんのお父さんがこの日の為に手に入れた肉なだけに最上も最上、多分2度と食べられないだろうな。お代わり貰って幸せ♪とても幸せな雰囲気な中で披露宴も終了。ダチの幸せは僕にとっても喜ばしいことだ。

2次会は、花嫁のヘアメイクを担当し、地元局の朝のローカル番組でレギュラーもしているエトー氏が経営しているバーで。みんな飲んで騒いで大盛り上がり♪別の方面でも知り合いであるフランス菓子教室経営の女性もハジけてたし(笑) でもこの人、最近出会う度に若返っているような…。一応、grand-mereなんだが(苦笑) 花嫁さんの友人には、中国・広東語の法廷通訳している女性もいたし。一昨年の秋に法廷通訳セミナー広島地裁であった折、広東語グループの講師を務めていた人だ。僕はスペイン語の方で受講していたのだが。広島ってホント狭い(苦笑) よく言われることだが、広島は人口3.4万人位に感じられる時がある。一人の人と知り合った時、1系統だけではなく、あちらを通じても知り合い、こちらを通じても知り合いということが沢山ある。2次会での余興はダーツ。酔っ払ってるし、随分久々なもので、サークル内にキチンと刺さるように投げるのが精一杯。なまったなぁ。これも鍛えなおさないと駄目だな(苦笑)

ダチである花婿さん、花嫁さんもニコニコして幸せそうだったし。彼らがこれからもずっと幸せに過ごせますように(-人-)

まーくんの言葉の部屋

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2004年09月05日

広島市植物公園に行って

PC教室が午前中だけだったので、近くにある広島市植物公園に行ってみた。中学生の遠足の時以来だから、20ン年振りだ(苦笑) 当時は友人と行動していたので、友人達が興味を持ってなかったこともあり、ロクに見ることも出来なかったが…今見ると面白いじゃん!

東京に住んでた時には、梅雨の時期になると善福寺のアパートからチャリを飛ばして吉祥寺経由で武蔵野台地を下って行き深大寺に紫陽花を見に行ったものだ。でソバを食べて帰る、と(笑) 他の季節でも営業でよくこの辺をチャリでうろついていたので、神代寺植物公園でよくサボ…もとい、疲れを癒したものだった(笑)そう言えば、ラフカディオ・ハーンの怪談に出て来る雪女の話って舞台はここ、深大寺周辺なんだよなぁ。今はすっかり住宅地で家しかないけど(苦笑) で猟に行って雪に降り込められて雪女と出会うのが多摩川沿いというか稲城の辺なんだよな。

広島市植物公園は山の上にあるので、ただでさえ涼しい日なのに、園内に入ると更にヒンヤリした感じ。入った瞬間からなんとも言えない緑の香りが。昨夜から今朝にかけて降った雨で濡れているから、余計匂いが強い。空も曇っていて湿気はすごいが、イヤな感じではない。園内は天気が悪いこともあり、人気がまばらでとても静かだ。植物園関係者には悪いが、良い時に来た(笑) 誰に邪魔されることもなく、ゆっくり見て回れる。なんて贅沢な時間の使い方。

園内に入って、まずは大花壇…なのだが、この時期なので花が咲いてない(苦笑) 一応ベゴニアとかサルビアとか植わっているけど、葉っぱばかり。それからカスケードを大温室の方に登っていく。カスケードには色々寄せ植えの鉢が置いてあるが、やはり花は少ない。その中で目を引くのが、カンナとハイビスカス。どちらも花が大きいし、時期だし。灰色の天気の中、これらの原色の花はハっとするほど鮮烈だ。

大温室に行く前に少し横にそれて、ベゴニア温室に入る。とても濃厚な緑の匂い。中でも黄色い花を沢山つけた球根ベゴニアの一種がまるでライチのような甘いけど爽やかな香りを放っていた。案内ボランティアの人によると、ベゴニアの花は基本的に匂わないけど、この1種だけが香りを放つのだそうだ。落ちた花だけでも持って帰りたいくらい(笑) この案内ボランティアの人に色々話を聞くが、自分の物知らずぶりを痛感。でもとても勉強になり、新たな知識が増えた。ベゴニアには一つの株から八重の雄花と一重の雌花があり2つに分かれて咲いているとか、葉を見ると葉脈から左右非対称なのが特徴だとか、ベゴニアの品種には大きく分けて「木立性」「球根性」そして主に葉を楽しむ「レックス」があるとか。女性とか園芸に詳しい人には常識なのかしれないが、僕にとってはとても新鮮だ。しかしこれだけ多種多様なのが全てベゴニアとは!知らずに見たら同じベゴニアとは思えない。木立性のものは雌花を取って雄花を大きく見せ、球根性のものは雌花をそのままに花の数で圧倒し、レックスは様々な幾何学模様を描いた葉を誇示している。この公園で開発した登録申請中の新品種も3品ほど展示してあった。名前も綺麗で「緑霞」「雷鳥」「虹彩」。緑霞と虹彩は携帯の写真に収めたのでどこかに載せようかな。

そして園内で1番大きな建物である大温室に入る。やはり今の時期花は少ないが、ジャングルっぽいのがなんとも言えない。まず入って真正面がイランイラン。嗅ぐと良い香りではあるが突き刺すような鋭い香りだ。知識としては、かのシャネルの5番にも精油が原料として使われているとか知ってはいても、実物を見るのは初めてだ。熱帯・亜熱帯の植物が所狭しを植わっていて、一つ一つ見ていくと、とても時間がかかる。中には「夜来香」(イェライシャン)もあったが残念ながら匂いがなかった。これも甘いけど鮮烈な匂いがするはずなんだが。夜でなく昼間だからかな。

隣の熱帯性スイレン温室に移る。入ってスグは食虫植物のコーナー(笑) が時期的なこともあってか折角のウツボカズラ君達も元気が無い。プールにはオオオニバスがぷかぷか浮いているが、いかんせんどこを見回しても葉っぱばかりで花が無い…。来る時季間違えたな…。

次はフクシア温室。寒冷性の植物だけあってガンガンに冷房効かせまくっている。色とりどりのフクシアが上から垂れ下がっている。野生蘭のコーナーもあり、胡蝶蘭の原種がとても甘い良い香りを放っていた。

実は僕はもともと花・樹木など植物には疎い。登山部時代も山で見る木は基本的に、松・杉とそれ以外に分類してた。小学校の時など、向日葵とダリアの区別がつかなかった人間だ。今は男としては並だとは思うが。しかし、この蘭にしても、蘭の品種にカトレアやデンドロビウム、胡蝶蘭、ファレノプシスとかあるのは知ってても、胡蝶蘭とファレノプシスが同一のものだとは知らなかった!(苦笑) こういう時に己の馬鹿さ加減を思い知る…。そういえば、最近の花屋では、ツツジとアザレア、向日葵とサンフラワー、菊とクリサンテウムを別のものとして売っている…。なんのこっちゃ。原産地の違いでらしいが、ホントになんのこっちゃ。まぁ、カフェでも、カフェオレ、カフェラッテ、カフェレチェが違うものらしいからな…(爆)

展示温室に入ると薬用植物展をしていた。ドクダミを展示されても…とは思ったが(苦笑) 案内ボランティアさんの手前そう言うことも出来ない(更に苦笑) 有毒植物のコーナーには夾竹桃が展示してあった。で、案内ボランティアさんの話だと、フランスでは夾竹桃の枝をバーベキューの串に使い、中毒で死者まで出た事件があったそうだ。日本でも夾竹桃で箸を作って中毒になった事件があった気が…。

サボテン温室で興味を引かれたのがリュウゼツランだ。だってメスカルの原料だから(笑) スペ語でagaveとかmagueyとか言う。これを蒸留してメスカルが出来る。メスカルの1銘柄がテキーラだ。丁度、ウィスキーの銘柄としてバーボンがあるように。温室中央にはアフリカ原産の奇想天外(なんて和名だろう…笑)があったが枯れていた…ように見えたが、案内ボランティアさんによると、彼等も枯れたと思ったそうだが、よく見ると青い芽が新たに出てきてるらしい。意外に強いものだ、生命というものは。プルメリアもあったが、もうほとんど花は散っていた。残った僅かな花を嗅がせてもらったが、これも甘く良い香りだった。

山の尾根の方には様々な樹木を観察できるように遊歩道が設けてあり、そこを縦横無尽に歩き回る。本当に登山部時代を思い出す。しかしスーツ姿で何やってるんだろう、オレ(苦笑) 松・杉・檜・楓・樺・楢・ブナ・栗・柿etc.ここら辺りは流石にわかる(笑) あ、あともう一つ一発でわかるのがあった。今日も手が赤く腫れたので判った。昔から大キライな櫨だ。かぶれるもんなぁ…。

人気が無い暗い谷間の樹木の中を歩いていると世界で自分一人のような気になる。嘗てダンテ・アリギエーリはフィレンツェ郊外の森を散歩していて迷い込み、永遠の女性ベアトリーチェに誘われるまま地獄・煉獄・天国と巡ったのだった。最初にダンテを出迎えたのが、ホメロス、ウェルギリウス、オウィディウス、ホラティウス、ルカヌスという古典期の大詩人だった。中学生の頃読んだDivina Comedia、神曲をついつい思い出してしまった。

山林に入って、なんとも言えない重い空気に押しつぶされそうな感覚に陥ることがある。音が木立に乱反射したり、光が充分でなく暗かったりするからだが。古代ギリシア人は、この気配のことを擬人化してPanと呼んだ。そしてPanの気に襲われた事態がpanicだ。後に牧羊神として描かれるPanだが本来は恐ろしい神なのだ。だからホラー小説でも大神パーンが出て来たりする。まぁ大神と呼ばれるようになったのは、ギリシア人が本来は違うのに、Panを「全て」「汎」の意味のpanとゴッチャにしたことに始まるのだが…。

何度も尾根を登ったり降りたりを繰り返し、公園の全てを見終わると、もう16:30の閉園時刻。入園したのが13:00だから3時間半座ることもなく歩き続けたことになる。帰る時には、心地よい疲労感と爽やかで涼しく、時に冷たい山風とですっかりリフレッシュ♪¥500の入場料でこれだけ楽しめるとは。もう少しすると蘭の季節なはずなので、その頃もう一回来ようかな。しかし、こんなタフな観覧、人は誘えないなぁ(苦笑) 体力的に普通の人は多分付いて来れない(更に苦笑)

まーくんの言葉の部屋

posted by まーくん at 02:03| 広島 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年05月20日

長雨せしまに…

あれこれ考えて、更新情報と、このエッセーBlogを分けることにした。ながゆう親方のススメもあり、Blogを設置しようと条件に合う(携帯3キャリア対応、タグ使用可、一揃い機能がついている、広告が少ない、無料)レンタルBlogを探していて、このSeesaaのBlogにしてみたわけだが、携帯からトラックバックが使えないのは承知していたが、コメントまで携帯で使えないとは思わなかった…。不覚…。ながゆう親方からはタブブラウザSleipnirの更新情報も頂いた。Webでの作業(コピー&ペースト等)が楽なので、僕もこのSleipnirをよく使っている。ただ僕が使ってたのは、Ver.1.47だったので、えらくヴァージョンアップしていた。ながゆう親方には感謝♪

僕のPCビブくんにはブラウザが結構入っている。お気に入り登録の際、基準となるのでIEは外せないし、バンドルでMSNやお子様向けブラウザのひらがななびぃ、そして@ブラウザ、それからNetscape。Netscapeもタブ機能はあるが、いかんせんIEに慣れてると使いづらく感じる。DLマネージャーとか不便にしか感じない。意外に使っているのが@ブラウザのワイド版。左右に並べて画面表示されるので、Web上での作業がしやすい。しかし、こういったことを教室で薀蓄たれられないのは哀しい…(苦笑)初心者相手に、こんな話してたら即刻クビになるよな(更に苦笑)

まーくんの言葉の部屋

posted by まーくん at 02:34| 広島 曇り| Comment(0) | TrackBack(1) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年05月18日

音楽を聴く機会…

最近、そちら方面の知り合いが多いせいか、外で音楽を聴く機会が多い。ここ暫くだけでも、3/28に野薔薇座の爆笑オペラ・シンデレラ、4/9はイタ語仲間の女の子が司会する地下街のイベントでゴスペルのミニコンサート、4/17にはドイ語クラスの世話人さんがコーラスで参加していた教会でのヘンデルのメサイア(当然、起立した…笑)、4/24がモロッコ料理講習会で一緒のテーブルだった女子大生が参加してる五日市吹奏楽団の定演、5/15がイタリア人老神父ベルタニョリオ大先生主催のカント・イタリアーノに先生からの招待状で行き、5/16はまたまたドイ語クラス世話人さんのお誘いで祇園ウィンドアンサンブルの定演へ。なんかこう続くと、音楽とか芸術方面に素養がない野蛮人系の僕でも(エセではあるが)文化人になった気分…(苦笑)

これらのコンサート、いづれもタダ!みんなから招待してもらってる…。ホントにありがたいことだ。いづれ豊かになれば、お返ししないと…。

まーくんの言葉の部屋はこちら

posted by まーくん at 00:57| 広島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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